岐阜に住みながらわたしが常々不思議な食べ物だと思っているのが「冷やしたぬきそば」である。
そもそも「たぬきそば」という食べ物は地方によって様々ある。関東では揚げ玉が載っているし、関西では「たぬき」と呼びながら甘い油揚げが乗っている。京都ではなぜか細かく刻んだ油揚げが乗った餡かけそばをいう。地方によってドロンと変化するところに、なるほど「たぬき」らしさを感じている。
そして岐阜の「たぬきそば」には頼んでびっくり、甘辛い油揚げと揚げ玉が一緒に乗っている。かつて東軍と西軍がぶつかりあった関ケ原のように、丼の中で関東と関西の「たぬき」が激突している。

「冷やしたぬきそば」が岐阜市民をこれほど虜にしている所以は、「冷やし」と「甘辛いつゆ」にあると思っている。
名前の通り、岐阜の「たぬきそば」は冷麺だ。岐阜市民は総じて外食が好きだが、いかんせん岐阜の夏は暑すぎる。じっとしていても汗が噴き出る酷暑にあって、できるだけ早く、冷たく、美味いものが食べたい。そんな岐阜市民の欲望を三方良しで叶えてくれるのが「冷やしたぬきそば」という飯なのだ。
一般的な蕎麦のつゆである「かえし」には関東では濃口醤油、関西では淡口醤油が主に使われているが、「冷やしたぬき」のかえしはたまり醬油がベースになっている。大豆を主原料にするたまり醤油の出汁の旨みと甘辛さが合体することで、一度食べるとやみつきになる味わいが生まれている。
たまり醤油の生産量は全国の醤油生産量のうちたった2%しかなく、醸造元は岐阜や愛知などの東海地方に集中している。なぜ全国的にはマイナーなたまり醤油がここ東海地方で重宝されているかというと、同じ発酵食品である味噌と密接な関わりがある。
味噌は原料である米、麦、大豆によって大きく3種類に分けられるが、大豆を使った「豆味噌」を製造している最中にたまたま桶に溜まった液体として発見されたのがたまり醤油のルーツと言われている。つまりたまり醤油は豆味噌と原材料を同じにする、いわば「兄弟」のような存在なのだ。
豆味噌そのものは千年以上前から日本で作られているが、徳川家康の時代以来かれこれ400年、「八丁味噌」に代表される茶色くどっしりした豆味噌が東海地方のふるさとの味として市民のDNAに刻み付けられてきた。味噌煮込みうどんに味噌カツに味噌おでんに味噌鍋、つけてみそかけてみそに至るまで東海の人民は子供から老人まで皆どっぷりと全身を茶色い味噌に浸かっている。
そんな風に血液の代わりに味噌が流れていそうな様子であるから、同じ「豆」を原料にしたたまり醤油の旨みにも目がないというわけだ。
兄弟を等しく愛するように、味噌にもたまり醤油にも東海の人々の愛がある。
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現在岐阜市内には「冷やしたぬきそば」を出す店が数店舗あるが、わたしが最も愛好するのが岐阜市役所近くにある「冷やしたぬき天国」である。2021年に彗星のようにオープンしてからあれよあれよという間に名声が広まり、今では2号店も出店し真冬でも行列の絶えない店となった。
「冷やしたぬき天国」の蕎麦は飽きがこない。毎日食べ続けられるくらい美味しいという意味でもあるし、一杯の中に様々な味わいがあるのも楽しい。甘く煮られたお揚げ。シャキシャキ爽やかなネギ。油分でコクをさらにパワーアップさせる天かす。そして風味ゆたかな炒りゴマと昆布の粉末。時には特別ゲストとして卵を乗っけてみるのもいい。一口ごとに違う味わいや食感があって、「ちょっと飽きたな」と思う暇もなく食べきってしまう。
まさにクルクルポンポン七変化、たぬきの名前にふさわしい。化かされるつもりで一度、岐阜で冷やしたぬきをどうぞ。

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