2026年3月、ZINEフェス長野に出店した翌日に松本まで足を伸ばすことにした。
モーニングのため有名な純喫茶「珈琲美学アベ」を訪れたが、8時の開店前から二十人近くが集まっていた。運悪く一巡目では入店できず、まだ息が白いほど冷え込む寒空の下、じっとベンチに座って呼ばれるのを待った。
店の前は日陰なので寒いことこの上なかったが、自分と同じように入店をじっと待っている人たちを見ていると、それが観光客のミーハー心にせよ地元の愛好家にせよこの店が多数に支持されていることを実感して心が浮き立つような気分になる。

ぷるぷるのオムレツが美味しくて、ついお代わり。
有名なコーヒーフロートを頼もうと思っていたが、待っている間の寒さが尾を引いて結局ブレンドコーヒーを注文した。
しかしコーヒーのお供に捲っていた雑誌に「ここに来ないと味わえないものがあるんです」というマスターのインタビュー記事を見つけ、やはり旅先の喫茶では思い立ったものを食べなくてはなるまい、とコーヒーフロート(モカクリーム)も追加でオーダーした。
モカクリームアイスめがけてコーヒーとミルクを交互に注いでゆく男性の手捌きは鮮やかで、アイスの上でめくるめく入れ替わる茶と白が目に楽しかった。
たった10秒にも満たない、店員さんにとっては何千何万と繰り返したパフォーマンスの中の一つだったと思うけれど、この目で見ることができてよかった。

アイスにシャリッとした膜ができているのを破りながら食べるのが好き。


訪れるのは3回目だけど、いつもこのドーナツとカフェオレの組み合わせを選んでいる。カリッとふんわり香ばしいプレーンドーナツ。
壁一面を埋め尽くす本棚の中に、高山の民藝店「やわいや」の朝倉さんによる「雑考2」を見つけて購入した。
飛騨地方には「雪入道」と呼ばれる大雪の日に現れる妖怪の話があって、「雑考2」はそんな雪入道の正体を柳田國男の著作や時代背景と合わせながら考えてみる本になっている。
また同著にも登場する奥井木工舎の奥井さんはこの雪入道をモデルにした郷土玩具を作っていて、ちょうど昨年高山でそれを買い求めていたからこれも何かの縁かもしれない、と都合よく考えることにした。

松本生まれの草間彌生さんの作品は、いつ見てもパワーとちょっと不気味な可愛さがある。

撮影が許可されているのはこの作品だけだったけれど、個人的には暗闇に浮かぶ梯子が一番好きだった。


木工や陶器など、よき生活の美がお手頃に手に入るお店。



右から2番目のヤジロベエのような玩具は、香川県の「へらへら踊り」。

こんなふうに片側に錘が付いていて、ゆらゆら上手にバランスを取って揺れている。

水平に持ってくるくると下の錘を回すと、上にある鳥がチョンチョンと餌を啄む仕掛けになっている。かわいい!

ちょっとおどけた表情の猿がかわいい。



もともと木材が豊かで和家具の産地として栄えた松本も、戦争により家具作りのノウハウを持つ職人たちは散逸。彼らを再び集めて洋家具の生産をスタートしたのが「松本民芸家具」の始まりとされている。


木の温もりが直接に伝わってくる造詣や質感がいい。

雷鳥をモチーフにした張子に一目惚れしたものの、どの張子にしようか30分くらいウンウンと悩む。。。

「見張り雷鳥」の黒。なんたるかわいさ!

もっちりしたライチョウもかわいかったけれど、こちらの作品が自然に生きるライチョウの姿を映し取っているように思えて購入。
力強い脚がかわいい。


名物の三重(みかさね)そばも気になったものの、ふきのとうの天ぷらが食べたくてざる蕎麦に。
ふきのとうの天ぷらは、サクッと軽い衣の中にやんわりと柔らかなふきのとう。
油の旨みと葉の甘さが終わる頃にさっと喉の奥から苦味がやってきて、あぁ春を食べているなぁという気持ち。

今回の旅で一番訪れてみたかった場所へ、いざ。
松本民芸館は、先ほど訪れた「ちきりや工芸店」の店主の故・丸山太郎氏が、柳宗悦の民芸運動に共鳴して昭和37年に創館した。
丸山氏は昭和58年に松本民芸館の土地・建物と収集品のすべてを松本市に寄贈し、現在は松本市が民芸館を運営している。
常設展では膨大な収蔵品のうち約800点が展示されていて、北はアイヌの衣服や魔除けの人形、南は沖縄のシーサーまで日本各地の「生活の用にあった」品々が並んでいた。また日本を飛び出して海外にも丸山氏の収集の目が向けられていた通り、順路の途中からは海外の儀式で用いられた人形や木片、台座や鳥籠なども並んでいた。
やはり生活の中にこそ民藝の真価があるというべきか、ガラスケース越しに解説を読んでも今ひとつ用途にピンと来ないものもあった。しかしそれは展示の仕方にモノ申したいということではなく、わたしがそれらを実際に使った時代や地域に生まれなかったというだけのことであり、そういう「分からない」文化があるということを知れたことが何より良かったと思う。




普段あまり包装紙に興味はなかったけれど、この松本の包装紙たちは綺麗に取っておきたいと思った。

岩手でチャグチャグ馬コの絵葉書に出会ってからずっと好きで、いつも見かけるたびに集めている。

民芸館の方は「丸山氏の記録がないものもあって、正確にはどこのものかわからない」とおっしゃっていたものの、どうも滋賀県の近江だるまかなと思う。


100年、200年を経ているからこそしっくりと使って馴染む美しさがあるように思って、改めて私は古いものを美しく、好きだと思っているのだと再認識した。


民芸館では丸山太郎氏による「旅の鞄」を購入。1981年に近代文藝社から出版されたものの新版で、丸山さんが全国各地を旅して出会った心踊るものや人、味わいが記録されている。
語り口が大変素朴で読みやすく、また端的に語られる丸山さんの感じたことや過去の思い出は流れる水のように自由でのびのびとしている。高山や富山、秋田などわたしが今まで旅した場所もたくさん登場したことも嬉しい。
この本についてはまたどこかで書こうと思っているけれど、間違いなく私の人生において買ってよかった本の五指に入る一冊と言える。

最後はマサムラの喫茶室でたくさん歩いた足を労りつつ休憩。
名物のベビーシューにするか悩んだものの、ぱかっと口を開いたシュー皮から見えるカスタードクリームに惹かれてカスタードシューにした。
松本を訪れるのはおよそ3年ぶりだったけれど、街の向こうに白く雪を湛えて聳えるアルプスを見た瞬間にやっぱりこの街が好きだと思った。山に囲まれて育ったからか、どうしても山のある街に安心感を抱いている。
山があって、生活を豊かにするものがあって、美味しいものがある。それら全てが揃った松本は美しく、やっぱり私のお気に入りの街なのだ。
Fin.

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