生まれ育った故郷であっても、自分が知らない風習や祭りというものはたくさんある。雪深い岐阜の山奥で正月の寒さを溶かしつくすような熱い祭りが行われることを知ったのは2025年の終わりのことだった。
その祭りの舞台は長良川鉄道の終点間際にある長滝白山神社で、祭りを「花奪い(はなばい)祭り」という。
もっとも本来の祭りの主役は花奪いではなく、神社で行われる「延年」の方だ。長滝白山神社で行われる延年は「長滝の延年」として国の重要無形民俗文化財に指定されていて、千年以上(文献に残っているだけでも数百年)もの間連綿と行われてきた。「延年」とは「寿命を延ばす」という意味があって、平安時代の稚児や僧侶たちが山を讃え、寺の守護神を祀り、門徒の幸福を祈ったものとされている。
延年は東大寺や興福寺などの有名寺院でも行われていたが今ではほとんど絶え、岩手県の毛越寺やここ長滝白山神社など限られた場所にその姿を留めている。
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郡上八幡を超え郡上大和を超えたあたりからぐっと雪が深くなった。住宅街はまばらになり雪景色の白が多くなっていく。この日は山奥にしては珍しく晴天で、それほど寒さは感じなかった。


参道を抜けると堂々たる拝殿が現れ、その拝殿の天井付近には大きな花笠が5つ吊るされていた。
花笠にはそれぞれ桜、菊、牡丹、芥子、椿の紙花や同じく紙製の葉、こよりや金銀の弊がきらびやかに飾り付けられていた。花奪い祭りはこの花を参拝者が奪い合うという荒々しいイメージがあったが、まだ神事も始まらない境内は穏やかで静かな雰囲気が漂っていた。
昼過ぎになると神職や宮司、スーツ姿の地元の名士らしき人たちが集まってきて厳かに神事が始まった。神事が終わると「酌取」という古代の宴会を表現した儀礼があり、中学生の女の子も「下酌」という役割で参加していた。彼女はこの長滝エリアで唯一の中学生だという。
その後も粛々と「露払」「乱拍子」などの儀礼が続き、白い御幣の付いた竿を振りながら歌う「田歌」の途中でいきなり境内の男性陣がやぐらを組み始めた。花奪い祭りの始まりである。


花笠までは数メートルの高さがあり、法被を着た男性陣は慎重かつ威勢よく人間ピラミッドを組んでいく。1段、2段と重なったうえに身軽そうな男性がよじ登って花笠に飛びつくと、会場がどおっと沸き上がった。行け、落とせ、と下の群衆から野次が飛ぶうちにやぐらは解かれてしまい、群衆の上には花笠に必死でしがみつく男性だけが残った。花笠は梁にがっしりと括り付けられているので身体全体を振り子のように力いっぱい揺らさないと落とせないのだという。挑戦者が懸命に揺さぶる間に花笠からはポトリポトリと紙の花やこよりが落ちてきて、群衆はバスケのジャンプボールよろしく飛び上がって手を伸ばした。事前のアナウンスや境内の貼り紙に「押し合って危ないので女性や子供など力の弱い方は参加しないでください」と書かれていた通り、熱気と熱気がぶつかる奪い合いだった。


10秒か20秒かもっと長い時間をかけて、ようやく男性が花笠を振り落とした。…と思いきや、落ちてきた次の瞬間には男衆の間で花笠そのものの奪い合いが始まった。花笠の中心にある輪の部分にもっともご利益があるらしく男衆はもみくちゃになって奪い合い、勢い余って拝殿から転がりだしてすぐ脇の広場でもつれ合っていた。死力を尽くした奪い合いの勝者は泥まみれのズタボロになりながらも、今年1年間の福と縁を勝ち取った喜びで破顔していた。
そういう人間の欲望というか福を求めるパワーと熱気のすぐそばでは、引き続き粛々と儀礼が続けられている。神々や農耕に対する静なる祈りと福を奪い合う動のエネルギーは相反するようでいて、例えば人間が善と悪を併せ持っていたり物事に裏と表があったりするように、隣り合った一続きの流れなのかもしれない。ある時は敬虔に山を讃え自然に感謝しながら、ある時は持てる力を尽くして豪快に欲しいものを手に入れる、その営みが人間くさくて面白い。



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