日記(2026.6.26~7.1 菖蒲華)

6月26日(金)

雨の音でぼんやり目覚めた。
とろとろ微睡んでいると薄暗かった外がぱっと昼のように明るくなって、すぐさま爆発音のような轟音が鳴り響いて窓ガラスがびりびり揺れた。今まで体験した中で一番とびきりの雷だった。

ワールドカップの日本戦のために部長が休暇を取得していて、平和な部署で良かったなと思う。
副部長はサッカーに興味がないようなすまし顔をしていたのに、仕事中にいきなり「ゴォォオオォォーーーーールッッッ!!!!」とパソコンから雄叫びを轟かせていて不覚にもちょっと笑ってしまった。観てたのか。やっぱりみんな気になるんだな。

6月27日(土)

ふと思い立って「ひょうたん」へ餃子を食べに行った。
ここはかつて岐阜駅の近くにあった「餃子の八起」の兄弟店で、高齢のご夫婦と息子さんが厨房で腕を振るっている。
「八起」は結婚前の父と母が出会って足繁く通った店で、甘酸っぱいようでいてにんにく臭いエピソードがたくさんある。八起なかりせば父と母の仲は深まらなかったかもしれず、つまりわたしもこの世に誕生しなかったかもしれない。そういうご縁や感謝も込めて、わたしはかれこれ30年ほど八起とひょうたんへ通い続けている。

ひょうたんの餃子は一般的なそれとまるで違っていて、もちもちと分厚い皮に包まれている。餃子の底面は油をたっぷりひいた鉄フライパンでカリッと固く焼き上げられていて、もちもちの部分と相反する絶妙な食感を生んでいる。
中の餡はにんにくと生姜、胡椒ががつんと効いていて、自家製のラー油やタレと組み合わせれば忘れられない味になる。

昔は辛くてなかなか食べられなかったラー油は、いつの頃からか無くてはならない味になった。
幼いわたしのために奥さんが出してくれたレトロなコップは、新しい常連の家族連れが使っている。
ご主人がちょっとずつ老け込んでいったり息子さんが餃子を焼く担当になっていたり、店も客も月日の分だけ変わっていく。それでも、変わらない餃子の味を求めて今日も我が家はひょうたんへ行く。

6月28日(日)

スーパーへ行くと、とうもろこしが1本100円で売られていて驚いた。ビニール袋いっぱいに詰めているお母さんたちに触発されて3本買った。

とうもろこしで一番好きな料理は「かき揚げ」だ。生のとうもろこしを削いで小麦粉をまぶし、溶き卵と併せて180℃の油でカラッと揚げる。揚げたて熱々にほんの少し塩を振るだけで、とうもろこしの甘みが引き立って抜群に美味しい。
今年の夏もとうもろこしのかき揚げをたくさん作りたい。

6月29日(月)

6月30日(火)

朝から電車に乗って取引先へ向かう。あまり詳しくは書けないが苦手意識を持っているお客さんなので、移動しながらちょっと憂鬱な気分になる。なんなら昨日寝るときから既にちょっとブルーだった。
この間ウェブで面談したときもプリプリしていたので、今日会う時は何を言われるんだろうなーと悶々。

・・・としていたのに、会ってみたら拍子抜けするほど普通に良い人だった。この間は虫の居所が悪かったのか?それともウェブに慣れていなくて上手くコミュニケーションできなかっただけなのか?どちらかと言えば後者の方が人間味があって好きだ。
話し合いたかった問題も解決して、行きとは全く違う心情で帰路に着いた。ついでに駅ビルでビアードパパのシュークリームも買った。

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今日で2026年も半分終わりだという。去年の今頃は「つい昨日年明けの雑煮を食べたと思ったのに!」と月日の流れるスピードに驚いていたけれど、今年は不思議とゆっくり毎日が流れている気がする。
理由のひとつはこうやって日記をつけ始めたからだろうなと思っている。この日記は七十二候をひとつの区切りとして記事を作っていて、燕が渡来したり蛍が飛び交ったりというような流れる季節の情景をひとコマずつ拾い上げている感覚になるのだと思う。
確かに、このサイトを立ち上げてからおよそ1ヶ月が経過したことについて、「もう1ヶ月経ったのか」という感覚もある。一方で去年までのように「なんだかよく覚えていないけど時が過ぎ去ってしまった」ということはなく、毎日違う日々を積み重ねて1ヶ月が過ぎたという充実感のようなものを感じている。これが日記の効用かもしれない。

さて、平穏だった半年の厄払いと残り半年の無事を願って近所の天満宮へ茅の輪をくぐりに行ってきた。
事前に町内に配布された依り代を持っていくと、境内は人、人、人。隣接する公園には小学生から高校生くらいまでの子供たちが群れを成していて、この辺りはこんなに子供がたくさんいたんだなと妙に感動してしまった。

母親と手を繋いだ浴衣姿の女の子。ちょっと強面のお兄さん。
唐揚げとイカ焼きを両手に持ったやんちゃな中学生。ばったり友達と出くわして歓声を上げる女子高生。
ヨーヨー釣りに挑む女の子を見守る屋台のおばちゃん。ベビーカーを仲良く押す夫婦。

茅の輪に並ぶ列も境内も、人々の陽気な笑い声や話し声で満ちていた。わたしが祭りの空気を好きな理由は賑やかだとかで店が楽しいとかいう理由もあるが、こうやって自分と同じように生きている人たちが幸せそうにしているのを見るのが嬉しいからかもしれない。博愛精神のように立派なものではなく、こうやって皆がそれぞれ大切な人と、あるいはその人自身が楽しそうに笑っているのを見ると自分がいる世界がとてもいいところのように思えるのだ。

茅の輪のところまで行列が進むと、神職の方に頭を大麻でバサッと払われたり景気よく紙吹雪を散らされたりしてお祓いを受けた。お祓いをしたご利益のあるコメもひと掴み頂いたので、今日はこの米を混ぜてご飯を炊こうと思う。

7月1日(水)

お客さんから手土産でバームクーヘンの詰め合わせをもらった。嬉しい。

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