岐阜(3) 白鳥の拝殿踊り

午後から半休を取って、長良川鉄道に飛び乗った。
今回の目的地である終点の北濃駅は、美濃太田駅からは約2時間もかかる。新幹線なら名古屋から東京にだって行けてしまうほどの時間をかけてゆっくりとローカル線で旅することは最近よく見かける「タイパ」や効率とは真逆だけれど、そういう過ごし方がわたしは結構好きだ。

後ろのドアから乗りゃあね、と岐阜弁で教えてくれた運転手さんや10年ぶりに長良川鉄道に乗るという可愛いお母さんトリオ、学校帰りの中高生たちと乗り合わせたり見送ったりしながら、19時過ぎに北濃駅へ着いた。乗っていたのはわたしと、おそらく乗り過ごしたらしい男子学生の2人だけだった。

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長良川鉄道は元々「越美南線」として越前(福井)と美濃(岐阜)を結ぶよう考案されたが開通するには至らず、バスも廃線となり越美ルートは幻となった。それでも北濃駅には福井方面を目指すように緑の中へ静かに線路が延びている。

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岐阜市内ではすっかり紫陽花のシーズンは終わりを迎えたが、郡上エリアではまだ綺麗に咲いていた。

平地では19時といえばまだ明るい時間帯だが、山がすぐ隣にあるここは影が多くほんのりと暗い。駅舎に併設された食堂で味噌カツ定食を食べ終わる頃にはとっぷり夜になっていた。

ここの味噌カツ定食は本当に素晴らしかった。分厚いカツにたっぷりかかった甘辛い味噌ダレ、シャキシャキの千切りキャベツ。小鉢の鯖の味噌煮や赤だしと合わせて「味噌三重奏」になっていたが、決してくどさはなくご飯が進む美味しさだった。街で食べれば2,000円近くするだろう立派な味噌カツ定食がなんと1,100円という驚きの価格も含めて、必ずまた訪れたいと思う。

暗い夜道に気をつけながら、10分ほどかけて長滝白山神社へ辿り着いた。正月に花奪い祭りへ参加した時以来なので、およそ半年ぶりだ。

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花奪い祭り @白山長滝神社

境内の脇にある石段から登っていくと、少しずつざわめきが聞こえてきた。一体どこからこれだけの人が集まったのだろうと思うくらい、境内は老若男女で溢れていた。

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花奪いの時に豪華な花笠が吊るされていた拝殿には、大きな切子灯籠がぶら下がっている。切子灯籠は悪霊避けとも祖先の霊を導くものとも言われていて、温かい光に引き寄せられるように拝殿には多くの人が集まっていた。

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そうして集まった人たちの中からふわりと歌がこぼれ出し、輪になった人々の身体が揺れて踊り始めた。この「拝殿踊り」は拝殿という場所柄、大きな身振りで踊ることはない。振付は肩幅くらいの足捌きと手拍子がメインとなる、とても静かな踊りだ。エネルギッシュな郡上踊りや白鳥踊りが「動」ならば、こちらは「静」の踊りと言えるだろう。

そして、この拝殿踊りにはお囃子がない。笛も太鼓も三味線も何もなく、拝殿にはただ人の唄声と下駄を踏み鳴らす音だけが響いている。
朗々と響く伸びやかな唄が拝殿という空間に広がり、また下駄を履いた脚が大地を打つ様は、「踊り」という娯楽に隠れた「悪霊を封じ込め祖先の霊に歌を捧げる」という原初の盆踊りや念仏踊りの在り様を思い起こさせる。

(30秒ほどの短い動画ですが、踊りの様子はこちらからどうぞ)

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少子化と高齢化が進む郡上エリアだが、この日は地元の中高生も先生や親に連れられてたくさん踊っていた。
拝殿踊りは「静」の踊りでありながらも、浴衣や体操着で軽々と踊る若者はエネルギーに溢れている。
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踊っている人たちの足元は大半が踊り下駄で、カンッ、コンッと粋な音が響いていた。
スニーカーで「ザンッ…」という音しか出ない自分が恨めしくなったので、来年はぜひ下駄で来ようと思う。

見ているうちにだんだんと踊りたくなってきてしまうのが人の性というもので、もぞもぞと輪の外で見様見真似で動いていると輪の中にいたおじいさんに手招きをされ、あれよあれよといつの間にか一緒に踊ることになっていた。

「手と足を動かそうと思ったらあかん、肩と腰で何となく動いとったら付いてくるでぇ」と話すおじいさんに乗せられてフンフンと動くうち、自然と身体が躍りに馴染み始めた。
ふと顔を上げると隣や正面で踊る人たちの顔が灯篭の淡いオレンジの光に浮かんでいた。外からカメラを構えていては見ることができない、踊りの輪の中の景色だった。

そうやって躍り続けて22時、始まった時と同じようにふわりと踊りの輪はほどけて消えた。かつてはこの拝殿踊りも郡上踊りと同じように一晩中踊り明かし、村同士の交流や男女の出会いの場としての役割もあったという。

神社のお母さんからもらったポカリスエットを飲もうと空を見上げると、あたり一面は星でいっぱいだった。自宅のそばでは明るすぎて夏の大三角がやっと見える程度だが、ここでは周りに瞬く小さな星々や天の川まではっきりと見えた。そんなことが嬉しくて、それぞれの星や星座を見つけながら歩いていたらあっという間に宿へ着いた。

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翌日も晴天。朝7時は平地では日差しが厳しいが、ここではまだかなりの部分が山の影に隠れている。

岐阜市へ帰る長良川鉄道は朝7:10発なので、宿の朝食は諦めて早々に出発した。

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駅の紫陽花も朝の日差しの中では、昨日と全く違う表情に見える。
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今日はこれに乗って終点の美濃太田駅を目指す。
通学の小中学生の姿もかなりあったが、これを逃すと次の電車は3時間後らしい。
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北濃から美濃太田までは72.2km。長良川鉄道はこんな感じの豊かな田園地帯や長良川沿位をゆっくり長閑に走っていく。
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郡上〜湯の洞温泉口までは鉄道と長良川が並走し、ダイナミックに流れる清流を望む絶景スポットが続く。
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絶景を繰り返しながら美濃市駅へ。
ここからは和紙の街である美濃、刃物の街の関が点在していて、途中下車をしてみるのも面白い。

梅雨も明けて、今年も本格的な夏が来ようとしている。今回訪れた拝殿踊りを皮切りに、郡上踊りや白鳥踊りも岐阜の暑い踊りのうねりが始まっていく。
8月には白鳥踊りと郡上の徹夜踊りを訪れる予定もしていて、今回の「静」の踊りとはまた一味違うリズミカルな「動」の踊りが今からとても楽しみだ。

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